AOVAを応援してくれる方々

アオバを愛し、アオバを励まし、アオバを支えて下さる方々

エーオーエーアオバが誕生したのは、1988年6月の事。それ以来、数え切れないほど本当に大変多くの方々が、アオバを愛し、アオバを励まし、アオバを支えて下さっています。ここでは、アオバが今日の姿へと進化するための、大きなキッカケを作って下さった代表的な先生方をご紹介致します。

丹羽耕三博士

丹羽耕三博士と代表白井常雄の出会いは、1988年2月の事。自然に対して心から敬意を払い、自然のもたらす力を出来る限り損なわずに体内に届ける…免疫力に着目し、「自然の仕組みに適いながら、免疫力で人間本来の健康は取り戻せる」という信念の下、世の中の流行り廃りに左右されない丹羽博士の極太な生き方は、白井常雄を魅了し続けています。天才的な臨床医であり、生化学者としても際立っている丹羽博士との出会いが、エーオーエーアオバ誕生へと繋がりました(※以下の画像をクリックすると、丹羽耕三博士と白井常雄の対談記事をご覧いただけます)。

丹羽耕三博士との対談コーナー

金城実先生

アメリカやヨーロッパが、国を挙げて予防医療に取り組んでいる一方で、日本では先進国でありながら、予防医学という概念すらほとんどありませんでした。そんな時代に、大学病院を辞めてまで予防医学をしっかりと学び、それを伝えていく事をライフワークにしようと決心した金城先生との出会いは、アオバにとってもまさにターニングポイント。予防医療診断士を一人でも多く輩出し、自分の健康を自分で守るお手伝いをさせていただく事で、アオバが社会への恩返しが出来るようになったのは、金城先生の存在なくして語れません(※以下の画像をクリックすると、金城実先生と白井常雄の対談記事をご覧いただけます)。

金城実先生と白井常雄の対談記事

中村宏臣先生

ハーバード大学の附属病院で心臓移植の臨床及び研究にまで関わった名医にして、現在は地方の在宅医療に力を注いでいる個人医。心臓外科医として、数々の手術を経験しながら培ってきた自分の目と耳を頼りに、高齢者の人生の黒子役として、人に寄り添った医療を展開しています。かつてアメリカで、心臓移植にSODを使っていた経験もあり、病院の待合室ではSODのガイダンス用ビデオやAOVA Magazineを活用しながら、SODの啓蒙活動も積極的に展開していただいています。SODをたくさんの方へご紹介したいアオバにとっては、とても心強い存在です(※以下の画像をクリックすると、中村宏臣先生と白井圭子の対談記事をご覧いただけます)。

中村宏臣先生と白井圭子の対談記事